九谷吸坂窯便り 第19回

 先日、硲伊之助美術館に岡山県倉敷市の大原美術館の学芸員が来館された。大原美術館と硲伊之助とは、一九五一年に同美術館で開催されたマティス
展でつながっている。マティス展は、東京国立博物館から大阪市立美術館、そして大原美術館と巡回した。この展覧会は硲伊之助がマティスと交渉し実現したもので、戦後日本最初の大規模な海外展であった。

 硲伊之助とマティスとの出会いは全くの偶然で、それはニースからパリ行の列車、同じコンパートメントに乗り合わせたことによる。話が弾み、「制作したら見てあげるから来たまえ」ということになった。マティスの教え方は親切で的確。ハザマ、ハザマと呼んでくれたと言う。硲伊之助はマティスを生涯の師として、亡くなるまで、マティスのことはマティス先生と敬愛を込めて語っていた。

 九谷吸坂窯工房の先生の寝室には、マティスの複製が三点かかっていた。「窓辺のかぼちゃ」(油彩画)、これは実物大の25号。ルイ何世かの額縁に入っていて、本物のようによく出来ていた。他の一つはモスクワのプーシキン美術館蔵の「ピンクの画室」(油彩画)、私は実物を見ていないが、「赤い室内」と並ぶ、マティスの最高傑作。残りの一点はマティスサイン入りの、縦長の切り絵で人物と植物をモチーフにしたものだった。その寝室で先生は亡くなったが、亡くなるまでマティスと共にいた。

 話しを大原美術館に戻すと、同美術館にマティス作の「マティス嬢の肖像」(72.5×52.5㎝)という油絵がある。これは大原美術館の作品収集にあたった児島虎次郎が一九二〇年に、マティス本人から直接手に入れたもので(一九三〇年に同美術館は開館)、私はこれまで二度、この作品を見た。顔の皮膚、眼、ピンクの花、帽子、毛皮のコート。全て生きている。これほどイキイキとした油彩画はあるだろうか。全体の色彩の調和はもちろんだが、あのマティエールがどうして可能になったのか、もう一度よく見たいと思っている。 硲伊之助作「室内」(一九二八年80.3×60.6㎝)は本年度の常設展示作品であるが、この作品は硲伊之助がフランスで住んでいた部屋の内部をモチーフにしている。この絵の中に自作の「村の入口」、「エスタック風景」、さらに画面左上にコロー作「ナポリ風景」が描かれている。「ナポリ風景」は先生がパリの画廊で手に入れ、日本に持ち帰り、後年、大原美術館蔵となったが、一九六三年に盗難にあって、今は行方不明になっている。

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