九谷焼美術館 開館15周年特別記念展

現在、加賀市の九谷焼美術館にて『開館15周年特別記念展② 古九谷帰郷 牡丹の大皿に観る「筆の冴え」』が開催中です。
http://www.kutani-mus.jp/ja/


本展では加賀市所蔵の硲伊之助作品「九谷上絵大皿 串本風景(1970年作)」「九谷上絵小菊大皿(1972年作)」「九谷染付上絵入大皿 アルバニアの老夫人(1967年作)」の3点が期間限定で公開中です。未見の人は是非、ご観覧ください。

会期平成30年2月17日(土)~ 5月6日(日)
主催加賀市、石川県九谷焼美術館
後援NHK金沢放送局、北國新聞社、エフエム石川

九谷吸坂窯便り 第4回

 現在、硲伊之助美術館で展示されている油絵の中で、最も古い作品は「水車小屋(南仏風景)」(1925 年頃 113.6×146.2cm)であり、最も新しい作品は「潮の岬夕照」(1970 年80.3×65.1cm)である。
 前者は、最初の渡欧時(1921 ~ 1929)の作で、水力を利用してオリーブ油を絞っていた建物を描いている。硲伊之助は南仏のサンシャマ村などで自炊し制作していたようで、絞りたての新鮮なオリーブ油の美味なことをよく語っていた。「水車小屋」は絵具層がかなり厚くなっており、仕上げるのに相当な時間がかかったことが分る。パレットの上で付けるべき色を作り、それを塗る。さらに絵の具が乾くとその上から塗っていく。時には絵具を削ってそうしたかもしれない。
 後者は硲伊之助最後の油絵作品で、南紀串本海岸に写生旅行した時に制作したものである。すでに九谷焼制作を始めており、油絵は写生旅行に出た時のみしか描いてはいなかった。その後は伊豆半島や奥入瀬など写生に出かけたが、油絵の道具を持っていくことはなかった。「潮の岬夕照」の方は比較的短い時間で描き上げたのだろうか。下塗りがなされていたとしても、絵具層は厚くなく、付けるべき色を一回で塗り切り、画面を造っていったように思える。
 両作品の間には45 年位の時間が流れており、キャンバスに塗られた絵具の厚みに顕著な違いがある。塗り重ね、絵具層が厚くなることによって、油絵の特徴である堅牢さと力強さを示すことができる。他方、薄塗りは直載で新鮮な筆触を味わうことができる。それぞれに良さがあり、その時のモチーフやその他の条件、あるいは画家が描く対象をどういうふうに感じたのかによって、描き方は決まっていくのだろう。したがって簡単に結論付けられないが、硲伊之助の作品は厚塗りから薄塗りに変わっていったことは見てとれる。 両者の作風は違っていても、共通することは、写実の精神であり方法である。写実とは見て感じることであり、ごまかさないで素直に表現するということであろう。実際にその場所に立ち、見て感じたことに従って描くということである。
 「写真からは描かないのですか」とよく聞かれるが、写真から描くことはない。写真から実感は把み難いので、アトリエで風景を描くことはない。「潮の岬夕照」の淡い夕焼の空に浮ぶ紫の雲は、その時、その場所で見て感じない限り描けないものだ。
(夢レディオ編集室 Vol.36掲載)